「シューマン うた 物語」と題する『福岡ゾリステンコンサートシリーズ1』を聴いた(8月26日、ひびしんホール)を聴いた。
出演者は福岡ゾリステン主宰のバリトン原尚志、ソプラノ青木つくし、ピアノ山本佳代子である。演目は演奏会名のごとく、シューマンの歌曲集『ミルテの花』『ゲーテのヴィルヘルム・マイスターにもとづくリートと歌』からの抜粋と,『詩人の恋』全曲を中心に、他に団伊玖磨と木下牧子の歌曲数編。
福岡ゾリステンは2010年に発足し、これまで高折續や河野克典を講師に招いての歌曲講座や、それらと関連させた研究発表演奏会を継続して催しており、その活動は熱意のこもったもので、非常に気合いも入っている。
原が歌った『詩人の恋』は、2010年12月の第1回研究会での演奏を含めて今回が2度目の聴取の機会。以前もそれなりにたのしんだが、今回はそれ以上。抑制された歌唱法と表現の幅の的確さを、私は心からたのしんだ。声質もじつに味わい深いものを持っている。ただ、声域によって声質にばらつきが多少はなくもないが、味わいを減じるものではない。これらは今後の成熟とともに矯められていくであろう。
青木は木下牧子の歌曲の演奏がよかった。声質が曲がにあっているし、日本語がよく聴き取れた。
山本のピアノはスケールが大きく、歌のパート以上に音楽構築に積極的に関わっていた。音楽構造が非常に聴き取りやすい演奏であった。このことは、私が演奏の良否を判断するさいの重要な基準になっている。
「ひびしんホール」の中ホール(310席)は前衛的な舞台芸術にも対応した多目的ホールである。クラシック・コンサートのためには響きの面で相応しいのか、かなり心配して会場に足を運んだのだが、杞憂に終わった。前半に座った最前列席も、後半での最後列も、充分に声もピアノもよく響いた状態で聴き取れた。問題はステージ上の演奏者の「聴こえ」の状態であるが、これも演奏者に直接訊いたところ、悪くはないと言うことであった。だとすれば、会場の雰囲気も悪くないし、けっこう「使えるホール」になる。
さて、最近、第二外国語のドイツ語やフランス語の学習が敬遠されている状況で、歌曲に親しむ機会が非常に減っているように感じる。私自身も大手のCDショップにおいてもシューマンの『詩人の恋』の入ったCDがなかなか見つからなかった経験がある。優れた詩の世界を声とピアノで描いていく歌曲は音楽表現の根幹を成すものであり、その魅力に一旦目覚めると他のジャンルとは別格の感動を与えてくれるジャンルである。そう簡単に見捨てられるものではない。その意味では、今回、日本歌曲を取り上げたのも「詩」と「言葉」の面でも、正解であった。
しかし詩や言葉はあれども、音楽である限り重要なのは音楽構造である。その意味で、音楽構造が聴き取りやすい演奏を高く評価する傾向が私にはある(私は作曲家ですから)。今後のために望むのは、音楽構造を的確に把握し、その構造を聴衆が容易に把握できる演奏を目指すことである。(D.F.ディスカウの偉大さは、音楽構造の把握の的確さにあると私は思っている。)