2012年6月7日木曜日

まさに対照の妙、ヤルヴィの才能の証し

6月5日、アクロス福岡シンフォニーホールでパーヴォ・ヤルヴィ指揮フランクフルト放送交響楽団を聴く。曲目はリスト《ピアノ協奏曲第1番変ホ長調》とマーラー《交響曲第5番嬰ハ短調》。独奏はアリス=紗良・オット。
 フランクフルト放送交響楽団についてはエリアフ・インバル指揮のマーラー交響曲CDを耳にしたことがあり、全般的に端正な演奏であったことが印象に残っている。しかしワンマイク録音のせいか、私の再生機器では十分にその魅力を知ることができず、それほど聴き込むことはしなかった。今回、実演を耳にして、力強さと繊細さを兼ね備えた実力派オーケストラであることをあらためて確認した。
 リストのピアノ協奏曲におけるアリス=紗良・オットの独奏はスケール感こそないものの、ピアノを美しく響かせ(これは声部間の音量バランスが巧みであることの証しであり)、細部を実に丁寧に表現していた。パーヴォ・ヤルヴィ指揮のオーケストラはツアーの中だるみ時期にあたっていたせいか、冒頭のアインザッツが若干乱れ、その後も演奏に落ち着きを失ったような瞬間が稀にではあるが訪れた。しかし全体的に表情の起伏は十分で、後半に向けての盛り上がりは聴き手(である私)を十分に惹きつけた。
 この日の私の席は2階の最後列。いつも思うことだか、アクロス福岡シンフォニーホールの階上席後方で聴くピアノの音ははなはだ頼りない。音響計測ではどこの席でも同じように響いていることになっている。たしかに一旦鳴り響いた音が残響としては階上席後方にも十分に届くが、ピアノの場合だとそのアタックが十分に届かない。独奏にスケール感がないという印象も、そのことが影響しているかも知れない。
 マーラーの交響曲第5番については、作品そのものがまことに素晴らしい、と演奏云々以前に言い切ってしまいたい。まさに名曲だ。何よりもマーラーはオーケストレーションの魔法使いである。次から次へとオーケストラの魅力ある響きが、一貫した音楽的持続の上に展開されていき、まったく聴き手を飽きさせない。オーケストラの魅力をもっとも感じることの出来る音楽である。それを現前させたのがヤルヴィの指揮。力に任せることなく、またどの声部も他に埋没させぬようにしながら、しかし強調すべきところははっきりとそうするという指揮である。一つ一つのクレシェンドにまるで意思の力が宿っているかのようだ。聴き手の耳は自ずと音楽の進行に集中させられた。
 そうした中で特筆すべき箇所があった。第4楽章から第5楽章に入ってからの1分余りの箇所である。第4楽章アダージェットは弦楽器のみで演奏される。もちろん、非常に美しい。しかし、楽章間の休みを置かずに開始される第5楽章の冒頭からの演奏は、それ以上に美しかった。この部分は管楽器のみで演奏される。弦楽器のみの第4楽章によって管楽器の音色に対して聴き手の耳が澄んでいる状態であることをヤルヴィは十分に知り尽くしていて、ここで管楽器のアンサンブルを美しく響かせることに集中したのである。まさに対照の妙。ヤルヴィの才能の証しをひとつ挙げろと言われれば、私は迷わず今回の演奏のこの箇所を挙げたい。
(中村滋延)

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